部下の一言で、空気が変わった日
いつもの会議が終わった。
社長が資料を片付けようとしたとき、営業部長が静かに言いました。
「社長。ちょっと、いいですか」
「ああ、どうした」
「この会社を、今後どうしたいのですか?」
社長は少し驚きました。「どうしたい、とは?」
「方向性です。拡大するのか、守るのか。新しい分野に行くのか、このまま安定路線なのか。それによって、私自身の進退も考えたいと思っています」
部屋の空気が重くなりました。
営業部長は、売上も責任も背負っていました。
現場の悩みも、顧客の声も、すべて知っている立場です。
だからこそ、会社の未来が曖昧であることが、一番の不安になっていました。
(会社がどこへ向かうのか分からないまま、部下を引っ張ることはできない)
その後、組織が変わった
1ヶ月後。営業部では、変化が起きました。
営業担当の田中が、提案をやめてしまったのです。
「田中、最近、提案がないじゃないか」
「はい。どの方向で提案すればいいのか、わからなくて……」
別の営業担当も、「方向性が見えないから、提案のしようがありませんと……」と言い捨てました。
そして、若手の課長・鈴木は、転職サイトをこっそり見ていました。
未来が見えないと、人はどうなるか
社長は、この状況を社労士に相談しました。
「社員たちが、何か元気がないんです。営業からの提案も減ったし」
社労士は、答えました。
「社長、営業部長からは、何か言われていませんか?」
社長は、驚きました。
「え? どうして知ってるんですか?」
「『会社の未来が見えない』と感じている幹部は、必ず社長に質問します。
そして、その質問が出たということは、その部下たちも同じように感じているはずです」
社労士は続けます。
「未来が曖昧な職場では、次のことが起きます」
- 挑戦が減る
- 提案が減る
- 判断が遅れる
- 指示待ちが増える
「やがて、『決めない方が安全』と、組織は守りに入ります。
そして、自分の将来を真剣に考えている人から、転職を検討し始めるんです」
経営者にしかできないこと
「じゃあ、どうすればいいんですか?」
「社長、未来の地図を示してください」
「未来の地図?」
「はい。完璧である必要はありません。数字が揃っていなくても、詳細な戦略がなくてもいい。
ただ、『どの方向へ向かうのか』だけは、示してください」
「方向さえ共有できれば、人は前に進めます。その一言は、経営者である社長にしか出せません」
社長が動いた
翌週、社長は幹部社員を集めました。
「営業部長、先週はきつい質問をくれてありがとう」
「いえ……」
「俺は、あの質問で目が覚めた。お前たちに方向性を示さないで、会社を運営していた」
社長は、続けました。「これからの方針を伝える」
「10年後、うちは『地域で一番信頼される会社』を目指す。そのために、来年から新しい分野にも挑戦する。その詳細については、これからみんなで考えていく」
部屋の空気が変わりました。
営業部長は、真剣に聞いていました。
若手の課長・鈴木は、メモを取り始めました。
2ヶ月後。営業部からの提案が、また増え始めました。
「社長、この方向性だったら、こんな提案はどうですか?」
営業担当の田中が、積極的に動くようになりました。
若手の鈴木も、転職サイトを見なくなりました。
社長は、営業部長に言いました。
「あの時の質問がなかったら、気づけなかった」
営業部長は、答えました。
「社長が決めてくれたから、みんなが動き始めたんです」
まとめ:「今後どうしたいのか」という問い
「今後どうするんですか?」
この問いが出たとき、組織の芯が試されています。
未来を語れるかどうか、その違いが、やがて人の選択を分けます。
派手な衝突はなく、静かに、熱が冷めていきます。
あるいは、静かに、光が戻ります。
あなたの会社の「未来」は、語られていますか?
経営者にしかできないこと、それは未来を語ることです。
完璧な計画は必要ありません。ただ、「どちらへ向かうのか」だけは、示してください。
方向さえ共有できれば、人は前に進めます。
執筆:埼玉県熊谷市の社会保険労務士・竹内由美子(中小企業の人と職場の課題をサポート)
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