「もう辞めます」
「もう辞めます」
佐藤がそう言ったのは、これで3回目だった。
山田社長は最初こそ慌てたが、今では「またか」と思うようになっていた。
「わかった、話を聞こう」と言うと、佐藤はいつものように不満をぶつけてきた。
山田社長は適当に受け流した。佐藤は翌日も、何事もなかったように出社した。
ところが、その翌週。
一言も不満を言ったことのなかった田中が、退職届を出した。
「田中、なんで急に」
「急じゃないです。ずっと、そう考えてました」
山田社長は、言葉が出なかった。
「辞めたい」と言う人ほど、実はまだ辞めたくない
本当に辞める人は、ある日を境に黙ります。淡々と引き継ぎをして、静かに去っていきます。
完全に心が離れているため、もう不満すら発しません。
一方、「辞めたい」と言いながら動かない人は、実は職場にまだ期待を持っています。
「わかってもらいたい」
「この環境が変われば、まだやれる」
「誰かが理解してくれたら、頑張れる」
最後の希望の表れです。
不満を抱えながらも、辞めない人の心理
- 「自分がいないと困るはず」という存在証明
「私が支えてきた」「私がいないとこの会社は回らない」という自分の存在価値を確かめたい - 衝動的な「辞めたい」より、「新しい環境に飛び込む不安」が勝るため
- 「いつか分かってくれるはず」という期待が残っているため
会社側ができる3つの対応
「辞める」「辞めたい」という従業員に対して、まだ出来ること。
- ただ「聞く」
「そうか、そう感じていたんだね」と受け止めるだけ。
この段階で解決しようとすると、部下は「自分を否定された」と感じ、心を閉ざします。 - 「できること」と「できないこと」を明確にする
すべてを受け入れる必要はありません。「ここまでは会社として改善するつもりだ」という誠実な姿勢を見せるだけで、部下の視界は開けます。 - 怒ったり、反論しない
淡々と記録し、冷静に対応します。「感情でぶつからない」ことが、嵐を静める唯一の方法です。
まとめ:不満は「関係修復のチャンス」
今、目の前で文句を言っている部下は、まだあなたを信じようとしています。
今が、関係を立て直すための「チャンス」です。
本当に怖いのは、何も言わなくなり、笑わなくなり、
ある日、静かに退職届を置いていく社員です。
そのとき初めて慌てても、もう心は会社の外を向いていることが少なくありません。
編集後記
私自身は、辞めると決めたら誰にも言わず、計画的に動くタイプでした。
周りからすると「突然辞めた人」に見えたと思います。
だからこそ、「辞める辞める」と言いながら動かない人の心理が、長年不思議でした。
でも、社労士として多くの相談を受ける中で思うようになりました。
その本音は、会社を辞めたいのではなく、「自分のことを分かってほしい」という気持ちなのかもしれません。
執筆:埼玉県熊谷市の社会保険労務士・竹内由美子(中小企業の人と職場の課題をサポート)
「最近、特定の社員が急に静かになった気がする…」
もしそう感じたら、それは手遅れになる前のサインかもしれません。一人で悩まず、一度お話を聞かせてください。
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