入社3ヶ月の田中が、突然辞めた
ある日、新人の田中が退職届を出しました。課長の山田は驚きました。
「え、辞めるの? 何かあったのか?」
「……特に何も」
「仕事で困ってることはなかった?」
「……ありました。でも、言っても仕方ないかなって」
山田は、心当たりがありませんでした。
「俺、何か厳しいこと言ったか?」
田中は、静かに続けました。「いえ、何も言われませんでした……」
「突然辞めた」と感じる上司、「放置された」と感じる部下
山田にとって、田中の退職は「突然」でした。
でも田中にとっては、「放置された」結果でした。
同じ職場で、同じ時間を過ごしていたはずなのに、上司と部下の間には、埋めがたい認識のズレがあります。
部下がつらいのは、厳しく言われたことではありません。
「何も言われなかったこと」です。
- 今のやり方で合っているのか
- どこをどう直せばいいのか
- この先、どう成長していけばいいのか
何も示されないまま時間だけが過ぎていく。
それは、部下にとって「見捨てられたような感覚」になります。
なぜ上司は声をかけなくなるのか
山田は、社労士に相談しました。
「最近の部下は、突然辞めるんです。何も言わずに」
「山田さん、部下に声をかけていましたか?」
「……忙しくて、あまり」
「なぜ声をかけなかったんですか?」
山田は、正直に答えました。
「怖かったんです。何か言って、パワハラって言われたらどうしようって」
多くの上司に話を聞くと、理由は驚くほど共通しています。
- 忙しすぎて余裕がない
- 「自分で考えろ」という昔の価値観
- パワハラと言われるのが怖い(一番多い)
「何か言って、問題になったらどうしよう」
「注意のつもりが、ハラスメントにならないか不安」
その結果、上司は何も言わない選択をします。
でも部下から見ると、それは無関心に映ります。
上司の沈黙は、部下にこう伝わります。
「期待されていない」「何をしても見られていない」
パワハラと教育指導の違い(具体例)
社労士は、山田に説明しました。
「適切なフィードバックはパワハラではありません。むしろ、何も伝えずに放置することこそ、育成の放棄です」
「でも、どこまでがパワハラなんですか?」
「パワハラの定義を、まず理解しましょう」
1.パワハラの定義(厚生労働省)
以下の3つの要素をすべて満たすものが「パワハラ」です。
- 優越的な関係を背景とした言動
- 業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの
- 労働者の就業環境が害されるもの
2.具体例で見る境界線
| 場面 | ❌ パワハラ | ⭕ 教育指導 |
|---|---|---|
| ミスの指摘 | 「何度言ったらわかるんだ!バカか!」 | 「ここはこうすると良くなるよ。次はどうする?」 |
| 遅刻の注意 | 「やる気がないなら辞めろ」 | 「遅刻が続いているけど、何か困っていることはある?」 |
| 仕事の指示 | 「使えないな。もういい、自分でやる」 | 「最初は難しいよね。一緒にやってみよう」 |
| 評価のフィードバック | 「お前は向いてない」(人格否定) | 「この業務は苦手そうだね。得意な分野を活かそう」(行動への指摘) |
【重要ポイント】
❌ パワハラ:
- 人格を否定する
- 感情的に怒鳴る
- 改善策を示さず責めるだけ
⭕ 教育指導:
- 行動に対してフィードバック
- 具体的な改善策を示す
- 冷静に、建設的に伝える
月1回のリーダー会議での取り組み
社労士は、事例を紹介しました。
「最近、ある会社では月1回、管理職だけの小さな会議を始めました」
テーマは、
「この言い方、アウト?セーフ?」
「これは指導?それとも行き過ぎ?」
正解を決める場ではなく、迷いを共有する場です。
この取り組みで、管理職の表情が変わりました。
「一人で判断しなくていい」
その安心感が、部下への声かけにつながっていきました。
山田が変わった
それから、山田は部下に声をかけるようになりました。
「田中、この資料、前より見やすくなったね」
「ありがとうございます」
「ここの部分、もう少し簡潔にすると、もっと良くなるよ。どう思う?」
「……やってみます」
まとめ:何も言われない職場が、気力を奪っていく
部下が「放置された」と感じる背景の一つには、上司の優しさと「パワハラへの恐れ」が混ざっています。しかし、適切なフィードバックはパワハラではありません。
【今日からできること3つ】
- 人ではなく「行動」に目を向ける
- 責めるのではなく「次」を一緒に考える
- 一度伝えたら、必ずフォローする
厳しさよりも、無関心のほうが人を壊します。
正しい知識を持ち、適切な指導をすることで、部下は安心して成長できます。
執筆:埼玉県熊谷市の社会保険労務士・竹内由美子(中小企業の人と職場の課題をサポート)
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