社長の話を、誰も聞いていなかった
年に一度の全体会議。社長はスライドを前に話し続けていました。
今期の売上、来期の方針、目指す会社の姿。準備に2週間かけた内容でした。
ところが、社員たちの反応は薄く、メモを取っている人は数人。
残りは、どこか遠い目をしていました。一人はスマホをちらりと見た。
会議が終わり、社員たちはすぐに雑談を始めました。さっきまでの話は、もうそこにありませんでした。
社長は、一人で片付けをしながら思いました。
(なんで伝わらないんだろう)
「もっと会社のことを考えてほしい」
社労士との打ち合わせのとき、社長はつい愚痴をこぼしました。
「社員が、会社のことを自分ごととして考えてくれないんです。会議で話しても、翌日には忘れている。やる気がないわけじゃないと思うんですが……」
社労士は、こう問いかけました。
「会議で、数字は見せましたか?」
「概要は話しました。でも詳細は……社員には難しいかと思って」
「社員が会社を自分ごととして考えるには、数字が見えている必要があります。売上、利益、人件費の割合。ざっくりでもいいです。数字が見えた瞬間、人の目線は変わります」
田所は、少し考えました。
「数字を見せると、昇給や賞与アップを求められるかもと思っていました」
「実は、隠すほうがリスクなんです。見えない数字に対して、人は『きっと会社はもっと儲けているはずだ』と、自分に都合の良い妄想を膨らませます。不満は『事実』からではなく、『憶測』から生まれるんです」
「なぜ」が伝わっていなかった
社労士はもう一つ聞きました。
「今期の方針を決めたとき、なぜその判断をしたか、社員に説明しましたか?」
「……方針は話しました。でも、理由までは」
「社員にとって、説明のない決定は『いきなり変わった』と映ります。
- 経費削減なら『売上が落ちているから』
- 新事業なら『この市場が伸びているから』
この理由が一言あるだけで、納得度はまったく変わります」
田所は、メモを取りながらうなずきました。
準備したスライドに、「なぜ」がほとんど入っていなかったことに気づきました。
伝える仕組みをつくる
社労士は続けました。「年1回の全体会議だけでは足りません」
「週1回のチーム振り返り、月1回30分の数字共有、3ヶ月に1回の面談。
こうした小さな対話の積み重ねが、社員の目線を育てていきます」
「仕組みを作るのは大変そうですが……」
「最初は週1回の振り返り10分だけでも十分です。続けることのほうが大事なので」
「それと、社員の小さな提案を一つ実現してみてください。『どうせ何も変わらない』と思われた瞬間、改善しようとする気持ちは止まります。小さな実績が、空気を変えます」
「最後に、会社目線で動いた人を評価する仕組みを作ります。そういう行動が評価されると、周りも変わり始めます」
「……評価の基準を見直す必要がありそうですね」
「そうです。仕組みが変わると、人が変わります」
次の会議は、違う場にしよう
社長は、打ち合わせが終わってから、しばらく一人で考えていました。
社員がやる気がないのではなかった。
情報が見えていなかっただけだ。理由が伝わっていなかっただけだ。
次の会議では、数字を見せよう。なぜこの判断をしたか、話そう。そして、社員の声を聞く時間を作ろう。
まとめ:社員は、経営者を映す鏡
社員が会社目線を持てないのは、やる気の問題ではありません。
- 情報が見えていない
- 理由が伝わっていない
- 対話の場がない
それだけのことが多いものです。
経営者が情報を開き、理由を伝え、対話を続ける。その姿勢が、そのまま社員の姿勢になっていきます。社員は、経営者を映す鏡です。
【簡単チェック】
次の項目に当てはまるものはありませんか?
- 会議で話した内容が現場に残っていない
- 社員が数字に関心を持っていない
- 方針に対する質問がほとんど出ない
- 「やらされ感」が強い
1つでも当てはまる場合、情報共有の仕組みに課題がある可能性があります。
執筆:埼玉県熊谷市の社会保険労務士・竹内由美子(中小企業の人と職場の課題をサポート)
「社員が会社のことを考えてくれない」と感じたら、一度話を聞かせてください。多くの場合、やる気の問題ではなく、仕組みの問題です。何が足りていないのか、一緒に整理します。




