信頼ゼロで教育しても人は動かない/部下が育たない本当の理由

「この子は、絶対に伸びる」

社長は、入社2年目の松田に大きな期待を寄せていました。
「仕事を覚えるのが早い。筋がいい。あとは、この甘さを直せば本物になる」
そう考え、指導に力を入れていました。

報告書の詰めが甘ければ書き直しを命じ、確認不足があれば即座に指摘する。
そこに悪意はありませんでした。

自分が厳しく育てられてきた経験から、「厳しさこそが成長につながる」と信じていたのです。

松田には、違う景色が見えていた

一方で、松田には全く違う景色が見えていました。

朝から晩まで、何かを指摘され、否定される毎日。
仕事が終わっても、「次はどこを指摘されるのか」と気が抜けません。

社長のことは尊敬していました。
しかし、いつしか顔を見るだけで緊張するようになっていました。

(この仕事、向いていないのかもしれない)
そう思い始めた頃、松田は何も言わなくなりました。
納得したからではなく、社長への信頼を完全に断ち切ったからでした。

「社長には、そう見えていたんですね」

ある月曜日の朝、松田が「辞めたい」と切り出しました。
社長は耳を疑いました。「なぜだ? 仕事もうまくいっているし、期待していると言っただろう!」

「社長には、そう見えていたんですね」
松田は、社長を責めるでもなく、静かにそう言いました。

その一言が、社長に深く刺さりました。
自分が見ていたのは「松田という人間」ではなく、「自分の理想の型」にすぎなかったことに気づかされたのです。

社労士に相談して、突きつけられた現実

社長は、やり場のない思いを抱えて社労士に相談しました。
「私はただ、彼を育てたかっただけなんです」

社労士は静かに問いかけました。「松田さんを褒めたことは、ありましたか?」

社長は言葉に詰まりました。

社労士は続けます。

「信頼関係がない状態での厳しさは、相手にはただの『攻撃』として届きます」
「自分を否定する人間の言葉は、どんなに正論でも受け入れられません」

そして、こう伝えました。

「まずは順番を変えてください」

  • できている点を先に伝える
  • 指摘はその後にする
  • 毎日1つでいいので、認める言葉をかける

「これだけでも、受け取り方は大きく変わります」

翌朝、社長が踏み出した「60点」の一歩

翌朝、社長は松田に声をかけました。
「期待という言葉で、君を追い詰めていた。認めることより、直すことばかり考えていた。本当に、すまなかった」

松田は驚いたように目を見開き、しばらくして小さくうなずきました。

完璧ではありません。それでも、関係を変える一歩でした。

まとめ:厳しさは、信頼の上にしか成立しない

人は、叱られて動くのではなく、「この人は自分を見てくれている」という信頼に応えようとするときに、最も力を発揮します。

まずは、次の3つから始めてみてください。

  • 1日1回、できている点を言葉にする
  • 指摘はその後にする(順番を変える)
  • 「期待している」より「見ている」を伝える

小さな積み重ねが、信頼関係の土台になります。

【信頼されているかのチェック】

次の項目に当てはまるものはありませんか?

  1. 部下からの相談が少ない
  2. 悪い報告ほど、後から上がってくる
  3. 反対意見や異論がほとんど出ない
  4. 指示を出さないと動かない
  5. 表面上は従うが、本音が見えない
  6. ミスを隠そうとする傾向がある

【判定】

  • 0~1個 → 大きな問題はない状態
  • 2~3個 → 要注意(信頼関係にズレあり)
  • 4個以上 → 見直しが必要

信頼されている状態とは、本音や問題が自然に上がってくる状態です。
チェックが1つでもあてはまる場合、指導が逆効果になっている可能性があります。


執筆:埼玉県熊谷市の社会保険労務士 竹内由美子(中小企業の人と職場の課題をサポート)

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