期中昇給の落とし穴/「頑張っている社員を報いたい」が招くリスクとは

はじめに

こんなことはありませんか?

一度辞めた社員が、半年ぶりに戻ってきてくれた。今は現場でも真面目に働いていて、他の社員からの評判もいい。ただ、給与が少し低いままなので、今月から特別に3万円ほど上げたい

経営者の「報いたい」「辞めてほしくない」という温かい気持ちは、とてもよくわかります。
しかし、期中の特別昇給には、見落とされがちなリスクが潜んでいます。

期中の特別昇給が抱える3つのリスク

リスク1:一度上げた給与を戻すのは、同意なしではほぼ不可能

たとえば、こんなことがあったとしましょう。

  • 「期待していた成果が出なかった」
  • 「他の社員とのバランスが崩れた」

このような理由があったとしても、一度上げた給与は本人の同意なく引き下げできません
就業規則の変更で対応する場合でも、合理性の立証が必要で、実務リスクは極めて高いものです。

リスク2:説明責任・不公平感の増幅

「真面目に働いている」というのは、本来当然のことです。

他の社員から「なぜあの人だけ給与が上がったのか?」と聞かれたとき、 明確に説明できる根拠がなければ、職場の不公平感は一気に高まります。

特に問題なのは、「給与は想像以上に早く社内に伝わる」ということです。

リスク3:長期勤続者との不公平(出戻り優遇の誤解)

今回のケースでは、「一度退職して戻ってきた社員」です。
「辞めて戻った方が得なのか?」そう思われてしまったら、職場の士気に悪影響を及ぼします。

給与を上げたいときの正しい対応(実務フロー)

ステップ1:賞与で評価(一次対応)

今回のような場合、まずは賞与での対応をお勧めします。
賞与であれば、次のようなメリットがあります。

  • 「復帰後の頑張りを評価した一時金」として説明しやすい
  • 「頑張りを評価してもらえた」とモチベーション維持になる

ステップ2:実績を記録する(証拠化)

賞与で対応している間に、その社員の具体的な成果や貢献を記録しておきます。
たとえば、

  • 〇〇プロジェクトを成功させた
  • 売上を△△万円増やした
  • 新人教育に貢献した

こうした実績があれば、次回の定期昇給で通常より大きめの反映が可能に。

ステップ3:定期昇給で本格的に上げる

全員を同じ時期に評価し、定期昇給と結びつけることで、
「Aさんだけ特別」ではなく、「みんな同じルールで判断された」と感じてもらえます。

例外:期中で特別昇給を実施する場合(チェックリスト)

  1. 明確な成果がある
    • 「〇〇プロジェクトで売上1,000万円を達成した」
    • 「資格を取得し、業務範囲が大幅に拡大した」
  2. 他の社員に説明できる
    • 「なぜこの人だけ?」と聞かれて、納得できる説明ができる
  3. 社内規程に基づいている
    • 特別昇給の基準が就業規則や賃金規程に明記されている

これらの条件を満たさない場合、期中の特別昇給は避けた方が無難です。

まとめ:給与は「上げ方」が重要

社員の頑張りを評価したい気持ちはよくわかります。
しかし、給与は「上げるかどうか」よりも「どう上げるか」が重要です。

給与アップの基本原則

  1. 下げにくい前提だからこそ、期中の特別昇給は慎重に
  2. 根拠・基準・手続を明確にして、説明責任を果たす
  3. 公平なタイミング(定期昇給)で本格反映する

迷ったときは、まず賞与で評価し、定期昇給で本格的に上げるという二段階アプローチをお勧めします。
社員のモチベーションを上げるためにも、正しい手順で信頼とやる気を育てましょう。

追記:

本記事のケースは、複数の実例をもとに構成したフィクションです。実在の企業・個人とは関係ありません。守秘義務に配慮して記載しています。


執筆:埼玉県熊谷市の社会保険労務士・竹内由美子(中小企業の人と職場の課題をサポート)

「給与の上げ方で悩んでいる」「社内の給与バランスが気になる」という方は、お気軽にご相談ください。御社の状況に応じた適切な対応をご提案いたします。

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