「自分でやった方が早い」が、組織を止めていた

「木村さん、まだいるの?」

夜9時を過ぎても、営業部のフロアに灯りがついていた。
山田社長が通りかかると、木村課長が一人でパソコンに向かっていた。

「木村課長、まだいるの?」
「ちょっと見積もりが残っていて」

「それ、部下に任せられないの?」
「いや、うちの子たちにはまだ早くて。自分でやった方が早いんですよ」

山田社長は何も言わなかった。でも、その夜から気になり始めた。

部下が育たない理由

翌週、佐藤が山田社長に声をかけてきた。

「社長、少しいいですか。木村課長のことなんですが……」
「どうした」

「仕事を任せてもらえなくて。何をやっても『俺がチェックする』『俺がやる』で。
正直、自分が何をすればいいのかわからなくなってきました」

山田社長は、やはりそうか、と思った。

木村課長は優秀だ。誰よりも早く、誰よりも正確に仕事をこなす。
でも、それが問題だった。


山田社長は木村課長を昼食に誘った。
「木村課長、最近残業が多いね」
「まあ、仕方ないですよ。部下に任せると後が怖くて」

「怖い?」
「ミスされたら困るじゃないですか。お客さんに迷惑かけるわけにいかないし」

「それはそうだ。でも、木村課長がいなくなったら、うちの営業部はどうなる?」

木村課長は、少し黙った。
「……それは、考えたことなかったです」

「俺も同じだよ。木村課長に頼りすぎていた。でも、それはお互いにとってよくない」

任せることは、手放すことじゃない

山田社長が気づいたのは、木村課長が「任せたくない」のではなく、「任せ方がわからない」のだということだった。

ミスが怖い、教える時間がない、自分でやった方が早い。その気持ちは正直だ。
でも、それを続けていると部下は育たず、木村課長自身も疲弊していく。

社労士に相談したとき、こんな言葉が返ってきた。
「抱え込む上司は、方法を知らないだけのことが多い。社長が仕組みを作れば、変わります」と。

任せることは、丸投げではない。
ゴールを伝え、途中で一度確認し、できたら感謝を伝える。それだけでいい。

社長がやるべき3つのこと

仕事を抱え込む管理職を動かすのは、叱ることではありません。

まず、「任せ方」を一緒に考える。
ゴールの伝え方、中間確認の入れ方を具体的に示すだけで、管理職は動きやすくなります。

次に、「育てた成果」を評価する仕組みをつくる。
自分の数字だけでなく、部下を伸ばしたことが評価される環境があれば、任せることへの抵抗は自然と薄れていきます。

そして、社長自身が任せる姿を見せる。管理職は社長を見ています。

夜9時のフロアに、灯りがつかなくなった

3か月後、木村課長は少しずつ佐藤に仕事を渡し始めた。

最初はぎこちなかった。でも、佐藤がミスなく仕上げてくると、「ありがとう、助かった」と言えるようになった。

佐藤も、少しずつ顔つきが変わってきた。

任せることは、上司の負担を減らすだけじゃない。部下が育ち、チームが強くなる。その変化は、静かに、でも確実にやってきます。


執筆:埼玉県熊谷市の社会保険労務士・竹内由美子(中小企業の人と職場の課題をサポート)

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